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旱に雨が降りました

面白味のない日常です

父への手紙

『掌中』

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僕が父と初めて酒を呑んだのは、僕が二十歳になった年の夏だった。

あの時は東京まで来てくれて、居酒屋に二人で入り

片言の挨拶をして、ただチビチビやったんじゃないかな?

誰と呑むよりも、父と呑むのが一番緊張した時でもあった。

 

あ、最初に結末を書いておこう。

父と呑んで、何かを得たって話・・・

たったそれだけの事を今からチマチマ書くんだけどね。

この段階でブクマする人はしておいた方が良いかも。

例として「素敵なお父様ですね」が良いんじゃないかな?w

 

 

父と最後に飲んだのは今年の5月末である。

あの時はそら豆を持ってきてくれ、それを僕が天麩羅にして

二人でとっておきの日本酒の封を開けたと記憶してる。

特に言葉はなかったが、父親は僕と呑むのは嬉しそうだった。

 

父は日本酒派で、僕はビール⇒ウヰスキーに移行する。

今でも各地の地酒を取り寄せては、僕にメールが来る始末。

「良い酒が手に入った、今度一緒に呑むか?」と。

僕はそんな父親の気持ちを知ってはいるんだけど、敢えて愚息を演じ

「僕はまだ心臓病で呑めないよ」と直言して父を黙らせる。

でも本当は「それじゃ目刺し辺りを肴にしようか?」と返したいんだけどね。

 

 

 

 

 

『一緒に行くなら日本料理』

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和食(広義では天麩羅や鰻も入るが、本来は日本料理)は肩が凝ると言う人がいるけど

僕はあの雰囲気が好きでね、父と行く時は「旬の魚や野菜が食べたい」と言ってみる。

すると、父がたまに行く店を吟味してくれ連れて行ってくれるんだ。

去年は豆腐懐石の店が嬉しかったな。

蜆醤油で湯豆腐を食べるんだけど、それが僕にとっては衝撃で

その時は8合くらい呑んでしまったかも知れない。

 

と、まあ…和食の店に行く事が多いって話なんだけど

それは父も和食が好きで、母親の料理がアレなのもあるから。

父は「母さんの料理に酒を合わせる方が難しい」と、本気なのか?冗談なのか?

少し酒が廻ってきた来た頃にそんな事を言った。

僕はスルーしちゃったけど、父は目元が笑っていた。

 

父さん、ウチの嫁もなかなかだよw

 

と、今は言えるかも知れないけど(笑)

 

 

まず、父と会ったら必ず僕の近況は聞かれる。

最近の事だけに留まらず、将来的な事を真っ直ぐに。

これはこの間の一時帰宅の時に父と話した事だけど

「僕ね、社労士と行政書士の両方を受けてみるんだ」と言った。

すると父は、「一つずつじゃいけないのか?」と、当然聞き返す。

僕は僕で色々とある考えを述べたが、最後にはこう語った。

 

「僕は大学を出て、既に二年近く経過しているから

 遅れていると思って欲しい…」と。

父は何も言わず頷くのみ。

 

「して、coffeeの方はどうするんだ?」と聞かれたので

「あくまでもcoffeeがメインだけど、社労士と行政書士

 僕がcoffee屋として働けなかった時の事を想定しての事だよ」と伝えた。

父は〝なるほど!〟と云う顔を見せたが、「それはお前の考えじゃないな」とポツリ。

「うん、ただネットをしているだけではなくて、良い面も沢山あるよ」と答えた。

 

「お前は人に恵まれているな、いつも謙虚でいなければ駄目だぞ」と父は述べた。

それこそ、僕は目元だけ笑って見せたが〝うん、そうだね〟と心では思ったよ。

 

 

 

 

 

『生き方・歩き方の伝授』

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父は僕に好きな道を歩んで欲しいと言う。

まず、父は婿であり…自由な結婚など出来なかったと言った。

そして、設定ではずっと農家として話してきたが…我が家は開業医である。

母が医師免許を取得できなかったので、父が婿に来る経緯があった。

 

姉は歯科医で妹は歯科助手

何かしら医療の道を歩んでいるのだが、僕だけは大学で専攻した方向も

現在の立場も医学とは程遠い世界にいる。

 

母方の親戚もまた、医師や医療関係に従事している事が多い。

父親の出身は農家だから、今でも父は家庭菜園としては大規模な畑をしている。

僕はそこで「農家」と設定してしまったんだよね。

実際に父は日曜になると畑に出て、ずっと作業をしている。

 

「自分の好きな道、または家に囚われずに生きなさい」と父は言う。

きっと僕が自由に暮らしてきたのは、この父の影響である。

父は若い時に行きたいところ、やりたかった事などを☆の数ほど制限したと言う。

だから僕がcoffeeの道を選んだ事自体に、父は驚きもせず言った・・・

「そんなにcoffeeが好きだったら、父さんにも一杯淹れてくれ」と笑ってた。

それは念願が叶って、つい最近の事だけど初めて父にcoffeeを淹れた。

倅の淹れたcoffeeだから「旨いな、こんなに美味しいとは思わなかった」と言うが

きっとお世辞が半分くらい入っていたんだろう。

僕は身内が褒める事や、親しい間柄の人達の欲目で観る気持ちも分かるので

そこのところは話半分に聞いてしまうんだけどね。

 

父は言う・・・

「色々な柵(しがらみ)から解放されなさい。

 生まれた時はみんな裸で何も知らなかった。

 あるとしたら生まれて来る前に名前が決められているだろうけど

 そこしか柵はなかったはずだから・・・」と。

 

「ただね、残念だけど親は選べないだろうから、お前にはキツかったな」と続けた。

 

父は酔った時だけ饒舌になり、語るだけ語る。

それもゆっくりと静かに。

「自分の生きる道、やりたい事や仕事は自分で考えて決めなさい。

 親なんて大きくするまでが責任だから、そうなった以上は自己責任。

 良く生きようが、悪く生きようがお前次第だ。

 親はそこまでお前の責任を持ってやれないものだから。

 

 ただ、本当に苦しい時や家族が恋しくなったら会いに来てくれ。

 父さんから会いに行ってしまうかも知れない。

 父さんはお前が好きだから、いつでも会いに行きたい気持ちは持ってるよ。

 ただ、簡単には手を差し伸べてお前の尻拭いはせんつもりだからね。

 自分で決めて生きるのは自由だがツラい時もある。

 楽しいばかりが人生じゃないので、そこだけは解っていて欲しい…」と。

 

 

きっと、これだけ長く父が話したのは初めてじゃないかな?

いつも片言の会話で、日本に長くいる外人よりも言葉が少ない。

 

 

 

 

 

『父への手紙』

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実際に父に手紙を差し出すワケではないので、思った事を書くのみだけど…

 

 

父さんへ

 

父さんは知らないかも知れないけど、僕は極僅かな人達に愛されている。

現実でもネットでも、極僅かの人達には理解されてる部分もある。

だから心配しなくても平気です。 楽しい事も間々あるし。

 

思えば、小学生の頃から病弱で体育やプールを見学していた頃が多かったね。

高校に入った後、バンドの練習中に熱中症になった時は流石に怒られたっけ。

「加減を知らないのか?」と。

音楽なんか加減してたら上達できないよ(笑)

 

そして、お言葉に甘えさせてもらって好きな道に進む。

また、家は継がないけど介護だけはさせてもらうよ。

折角、ここまで育ててもらったんだ。 それは当たり前じゃないか。

 

またいつか手紙を書くよ。

その時は内容が少し違うかも知れない。

けど、自慢の父であると共に、僕の一番の理解者として元気でいて欲しい。

8年前に癌を患ってから、父さんはかなり痩せた。

胃癌だから、殆ど摘出したのは分かるが…たまには少し食べて欲しい。

僕が願うのはそれだけ・・・。

 

また、いつかお酒に誘って下さい。

小料理屋が良いな。 小ぢんまりした雰囲気でどうでしょう?

神楽坂や銀座の裏手にあるお店も良いよね。 尤も焼き鳥屋さんで良いんだけど。

いつか連れて行ってもらった寄席の帰りに入った割烹も捨て難い。

酔って良いよ、僕が送って行くから・・・。

 

 

またね。

不肖の倅より

 

 

 

※今年最後のblogです。

 今年はお世話になりました。

 沢山の方に感謝を禁じ得ないですが、一人だけに言及するワケにも行かないので

 総じて皆さんに感謝と愛を。

 

 そして来年も宜しくです。

 正月中にはblogを書いてみる予定ですが

 もしかしたら…「明けました、おめでとう御座いました」になるかも(笑)

 そういう人間なんで許してやって下さいw

 

 大風呂敷

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